螺旋階段を降りる女」2020 ( 和紙/ ボンド墨/ 約3 4 . 8 × 6 5 c m )
これは春画である。
遺伝子の螺旋構造と染色体XXの形をしながら愛憎の言葉を書き連ねている。
一つ個体では完成されない私たちの遺伝子という設計図からの「欲望」を感じ取り
一方で貞淑に、そして一方では激しく書き上げる。
この書は見た目には一つのXである。
拡大するとXXが交わりながら重なって一つになっている。
2020(和紙 / ボンド墨 / 約34.8×65cm)
これは春画である。遺伝子の螺旋構造と染色体XXの形をしながら愛憎の言葉を書き連ねている。一つ個体では完成されない私たちの遺伝子という設計図からの「欲望」を感じ取り、一方で貞淑に、そして一方では激しく書き上げる。この書は見た目には一つのXである。拡大するとXXが交わりながら重なって一つになっている。
日本神話のアダムとイブはイザナギとイザナミである。イザナギとイザナミの国産みによって国が生まれ子供たちが生まれたが、イザナミが火傷で黄泉の国へ行ってしまい、イザナギが追いかけた先で変わり果てた妻の姿を見て逃げ出したため、離縁。神代から気持ちが冷めてしまえば契約は破綻するのに対し、現代では気持ちよりも契約が絶対を占めている。愛とうたいながらも、愛が形骸化し、契約と拘束の不自由さで他者を縛り付けるものへ成り果ててしまった残骸を愛と呼ぶのだろうか。形ばかり気にして真心の入っていないその愛を一体何と呼んでやれば良いのか。
そんな現代の愛の残骸を問う契約の鎖と、それでも魅かれずにはいられない本能を表すために、DNA構造の型を用いて私は愛を問う。




